仕事・作業のお供に コラム

 日常は、途切れることがない。

 朝目が覚めて、音楽を聴ながら会社に行き、仕事をして、休憩を挟みながらも作業に追われ、帰って映画を鑑賞したり、飲み会で酔っ払ったり、スイーツを頬張ったりして、また眠る。

 そしてまた、明日を迎える。

 わたしたちの日常(シチュエーション)は、途切れることがありません。

 もはや、仕事に追われるというよりかは、生きることこそが人間にとって、最大で絶対の“仕事”であり、それを追うようにわたしたちは生きています。

 仕事であるということは、それなりに苦労もあるのが常。しかも休みすらないとあっては、しんどいのも辛いのも当たり前。

「仕事こそ、楽しくやろう。」

 自己啓発本やYouTubeの広告などでもしきりに喧伝されるこの言葉は、目に付きすぎてもはや鬱陶しいキライもありますが、事実であることもたしかでしょう。

 仕事だってどうせなら、楽しい方がいい。それは本音で、自然的な感情です。

 そして、仮に会社を辞めようと、資本主義から降りようと、それだけで人が死ぬわけではありません。

生きることが仕事なのだとしたら、「命の作業」は、それからもずっと続くのです。

 ならば人生は、楽しい方がいい。日常は、楽しい方がいい。

「そんなの、わかってたらやってるよ」

 って声が聴こえてきますね。それ、わたしも同感です。

 わかっていてもできないから、苦しい。できないことを無責任に唆されるから、腹も立つし、憤りは増す。それも人間であり、人情であり、人生。

 たしかに、今日明日からなにかが急激に変わるなんてことは、まずありません。あなたは漫画や映画の主人公ではなく、現実に生を授かり、日常に身を置く、人間なのだから。

 最初にも言ったように、「日常は途切れることはない」んです。休みがないものは、疲れてしまいます。

 ただ、途切れることはないけれど、「“隙間”を広げること」はできます。

綿で編まれた服も、水滴の集合で波打つ海も、放っておいても勝手に流れていく人生も。

すべては繋がっていても、それを構成するひとつひとつのなかには、決まって僅かな「隙間」があります。

その隙間を広げる──良質な「息抜き」を担保してやることが、人生を楽しむコツであると、わたしは思います。

 とみー珈琲がお届けする『シチュエーション珈琲』シリーズ、「グアテマラ」は仕事や作業のお供に最適です。

甘さと酸味を兼ね備えた味は、舌に触れると、まさにONとOFFを切り替えるスイッチとして機能してくれます。何事もバランスですね。

 途切れない悩みや考え事、処理しなければならないタスクから、一旦、頭と心を開放してくれます。

 仕事も人生も、良い息抜きができないと、生産効率は落ちてしまいます。
 珈琲を嗜むひと時をもって、その後半日の仕事が捗らせましょう。

 とみー珈琲はいつも、あなたの「日常(シチュエーション)」とともにあります。

 香り豊かで味わい取り取りなスペシャリティコーヒーで、人生の「隙間」を広げて、濃密な時間を、過ごしてみませんか。

今回は、グアテマラの豆を基に、「仕事の合間」というシチュエーションの小説を書かせていただきました。

 一見やる気がないように思えて実は有能、に見せかけてほんとに仕事が嫌いな男の子、水城くんのお話です。

 余白を大切にする男ですね。

 こんな風に。

こういう、文字媒体だからこそできる遊びみたいなのが小説の醍醐味だと思っているので、これができただけでもこのキャラを登場させた甲斐があるというものです。紙媒体じゃなくて電子でも、小説の楽しみ方は同じところがやっぱり多いですね。

 さて、彼は仕事をサボってコーヒーを飲んでいた……わけではなく、自分が出した成果の対価、そして周りとの相対評価に基づいて、権利として与えられて当然な珈琲を飲む時間を貰っていたわけですね。

 いわゆるゆとり世代とか、さとり世代と揶揄される年代の特徴が顕著に表れた主張ではありますが、この感覚はけっこう大事な感覚だと思うんですよね。

飲み会やアルコールへの依拠が減っているのも。最近の若者の特徴です。このまま、「仕事終わりはみんなでカフェとかに行って、珈琲を飲んでカフェイン摂取だろ!」みたいな時代が来ても面白そうですよね。
とみーさん、そういうシチュエーションを未来に創っちゃってみてください。

 例によって、本編の話をここであまりするつもりはありませんが(読者様には自分の解釈を第一に物語に触れていただきたいので)、

なんだかんだ言っても、与えられた業務は余裕(余白というべき?)を持って終わらしていること、周囲と自分が会社に与えている価値を冷静に分析できていること、キツめの上司から詰められても臆さず自身の論理を展開できていることから見ても、今作の主人公水城くんは、有能な社会人ではあるのでしょう。

そんな人間ですらハマる珈琲、ぜひ飲んでみたいですね……おっと、現実でも飲めるんでした。

 最後に。

 小説も珈琲も、その効用はどちらも同じです。息苦しい現実から一瞬、意識を逃がしてあげることのできる代物。また社会に戻ったときに、それと戦える強さを、己のなかに蓄えてもらう為の栄養源。

作業に追われて辛くなったら、またここを覗きにきてください。グアテマラの珈琲を片手に。

それでは、お仕事、お疲れ様でした。

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